nyabot’s diary

電気猫の夢を見るお話

ラズパイに入れたGoogle Assistantのその後と今後のこととか

一年前くらいに始めて、間が空いたりして半年前くらいにようやく動くようになった、Google AssistantをSnowboyのホットワードで起動するやつ↓

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2019年8月現在、動かなくなってる…かなり苦労したのに;;

Google Assistantのアップデートの関係かな。調べてみたらGoogle Assistant Libralyは今年6月に廃止されてるみたいだし、、結局サービスとの違いがよくわからなかったなぁ。

2022年6月 音声認識にJuliusを使用することにしました↓

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Webサービスに依存することについて

もともとはロボットに対話機能を付けたくて、そのためにGoogle Assistantを入れたのでした。
企業の提供してくれているサービスを利用する以上、それがいつ変更や廃止されても文句は言えない(Googleは割とよくやる)。
特に無料で利用できるWebサービスなんて、使い続けられる保証はどこにもない。

そういうのを踏まえると、Webサービスに機能の一部を依存するのは、リスクが高い。
もっとも、個人で実装可能な機能は高が知れているし、どこかで折り合いをつけて活用させてもらうのが良いとは思う。
問題は、リスクが許容できる範囲内か否か、ということ。

ロボットの寿命のこと

僕がロボットに求めているのは一種の永続性だ。例えばソニーのアイボを購入する人の中には、通常のペットとの別れが嫌で、という人が一定数いると思う。それと同じ。
企業の商品として作られたロボットは、保証やサポートという形でそれを実現しようとしている。最近は月額で料金を取るものも一般的になってきたし、ビジネスモデルとしてそれがうまくいけば、また、数十年くらいのスパンで言えば、実現も可能なのかもしれない。

一方で、自作のロボットであればサポートという概念はないけれど、その代わり壊れても部品があれば自分で直すことができる。データもバックアップを取っておけば、最悪一から作り直すことだって可能だ。
しかし、外部サービスに依存する機能だけは、自分ではどうすることもできない。

ロボットに命や思考はなくても、外から見たときにそれを感じることはある。
表現する機能があれば、笑っているように見えたり、喜んでいるように見えたりすることはある。
外部サービスを用いてそうした擬似的な生命を感じさせる機能を実現したとしたら、それらのサービスが停止したときがロボットが死ぬときになってしまう。

さすがに寿命だの死だのというのは大げさすぎる話で、実際はただの一機能の問題に過ぎず、失われたところで少し悲しい程度のことかもしれない。
でも、できることなら僕は、これから作るロボットとずっと一緒にいたい。ずっと一緒にいられるようなロボットを作りたい。

よって、対話機能というコアな部分がいつ動かなくなるかわからない、というのは少し問題だと思う。リスクが許容範囲外というわけ。

今後の方針

Google Assistantは便利だし、機能も素晴らしいから使いたかったけれど、使うとなるとやはりなくなったときがいたい。
対話機能については他に使えそうなものがあるので、そちらで挑戦してみる。会話の精度とかは敵わないだろうけど、それが愛されるロボットに必ずしも必要なわけではない。R2D2の人気がその証左だ。なんなら日本語じゃなくて機械音でもいいんだ。よくないけど。

またしてもハードルが上がった。完成は遠退くばかり。。
機体の方も課題がわかってきたから設計からやり直したいけど、手をつけられるのは一体いつになることやら。
まぁ、終わりが見えないくらいの方が楽しいけどね:-)

つづく。