nyabot’s diary

電気猫の夢を見るお話

どこまで自分で作るか、という話。

ある対象について、学べば学ぶほどその難しさがわかる、ということは往々にしてある。
僕にとってその一つがAIであった。

しばらくブログの更新ができていないが、その間、いくつかAIに関する書籍を読んでいた。
現在よく言われるAIというのは、データを与えて教育することで、目的となる何かしらの処理を行うものを指している。
内部的な仕組みはややこしいながらも、理屈としてはそこまで難しいものではない。しかし、問題は与えるデータだ。

企業においてAI活用を行おうというとき、最も多い課題がデータの不足なのだ、という話を読んだ。そう、AIを活用するにあたり、教育データは大量に必要になる。
僕の目的はただ一つ、対話可能なロボットを作ることである。しかし、自然な対話を実現するためには極めて膨大な教育データが必要になり、それはアルゴリズムにいくら詳しくなったところで解決できる問題ではない。ということがわかった。

というわけで、AIはいずれどこかの大企業、あるいは超優秀な誰かが僕にも使えるような形で公開してくれることを祈って、他の部分を作っていこう、と思う。

でもやっぱり、自分で作りたい

先日、無料公開されているAPIを利用して作成したチャットボットが、APIの公開停止によって言葉を失った。 顔も人格もないチャットボットだったのだけれど、たまに会話を楽しんでいた僕にとってそれは、自分でも意外なことに、悲しい出来事だった。
どうやら、相手に感情や思考がないことがわかっていても、自分で作って話をすれば愛着が湧き、別れが辛くなるらしい。

AIの開発の難しさを知ると、APIや外部のサービスに頼りたくなる。そうすべきなのだろうとも思う。 しかし、外部サービスを利用するということは、同時に、いつか別れが来ることを意味するのだろう。

そういえば、昔のAIBOだってそうだった。企業のサポートがなくなり、部品の生産もなくなれば、いつか別れが訪れる。 別れが嫌だから機械に希望を見出したのに、それでは意味がないじゃないか……。

と、そんなんことを考えていると、やはり核となる部分は自分で作りたい、あるいはネット接続を要さず動くものにしたい、と思ってしまう。
なんとか自分でも作れそうな、辞書型の対話システムを作成・採用しようか、どうしようか。。

まずは継続!

何にせよ、来年も少しずつ、半歩ずつでも前に進もう!
ソフト面だけでなく、ハード面も色々試したり学んだりしていきたい。

つづく。